わたしたちはプロテスタントのキリスト教会です。
キリスト教会がやることは【礼拝】がすべてです。本当に“これだけ”なんです。
この国で普通に暮らしていたら【礼拝】なんてことをするチャンスはありません。せいぜい友人・知人の結婚式がキリスト教式だったり、知り合いのご葬儀がそうだったりする程度でしょう。だからもしそんな場面に遭遇したら、いろいろと戸惑われたのではないでしょうか。
戸惑うのはある意味当然です。【礼拝】ということに触れることがなかったのだから、言ってみれば【異文化との遭遇】なのです。
もし、いつもと同じ時間をちょっとだけ変えてみたいなら、教会の【礼拝】はそれにぴったりなことのひとつです。なんせ【異文化との遭遇】なのですから。
とはいっても、日常の言葉がそのまま通じる場所です。わたしたちの教会は「日本語礼拝」だけをしています(ある方々には不便かも知れませんが…)。【異文化との遭遇】とは言え、ことばで戸惑うことはありません。尤も「聖書」や「賛美歌」や「交読詩編」や「礼拝のしおり」なんていうさまざまな書物を使いますので、使い分けに戸惑うことはあるかも、ですが。
賛美歌も歌います。もし楽譜が読めるのであればほとんどは初見で歌えます。歌えない・歌いたくないなら「口パク」で構いません。
そうやって、自分の持ち時間のある瞬間を一人ひとりが持ち寄って、その時間をみんなで共有し、みんなが一緒に神さまを見上げ、自分を捧げる決意を新たにする。それが【礼拝】です。
どうぞその扉を開けて3階の礼拝堂までおいでください。9時から始まる第一礼拝は約30分、10時30分から始まる第二礼拝は1時間程度です。
そうそう、「自分を神さまに捧げる」と思ったら、そのしるしとして【献金】を礼拝の中で捧げます。もちろん捧げなくても構いません。金額は…自由です。でも自由では困るかも知れませんね。目安として…今日、礼拝のあとで食べるランチ代程度でどうでしょう。「神さまに捧げる自分」の価値、ランチ代程度にはなるんじゃないかな。