No.673 恩師と呼ぶべき一人を送る

 こんなにも早くあなたが逝ってしまうのは、やはり寂しい。もちろんここ数年、あなたの体は切り刻まれ、杖をつき、足を引き摺り、動くこと自体辛そうに見えていたから、永遠の休息は神さまのご褒美に違いない。けど、残された者はやはり寂しいなぁ。
 そんな体でありながら、でも私は不思議と、あなたの機嫌の悪いお顔を見たことがない。尤もあなたにお目にかかることなんてほんの僅かしかなかったのだから、ある意味当然かもしれないけど。でもお目にかかる度にあなたはいつも、あの壇上に飾られた遺影のままの笑顔だった。メガネの奥に、まん丸いいたずらっ子のような黒目が、いつもキラキラしていた。
 お目にかかる少ない機会に、交わす話題のほとんどはあなたの最後の勝負のフィールド、幼児教育をめぐる様々なこと。制度や環境が目まぐるしく変化する中、人が育つこと、そしてその道は、そんなにコロコロ変わるはずはないわけで、だけどこの時代を生き抜くために制度に頼りそれを用いなければならないジレンマが、言葉の端々に現れていた。
 以前あなたはストーン宣教師について講演してくださった。洞爺丸事故で遭難死する前に救命胴衣を日本人の若者に与えた宣教師。しかし突然僅か52歳でいのちを閉じられてしまった彼の意志を、残された思いを、その志の系譜に連なるわたしたちがどう知り、語り継ぎ、実行するか。系譜に連なるとはその問いの前に立つ、立ち続けることではないか、と。
 はからずも、今あなたが去ってしまって、わたしたちには同じ課題が残された。あなたは、端からハシまで一本のスジそのものの教育者。しかも晩年の本当にわずか残された時間を、この私にもお裾分けしてくださった。だからいっそう寂しいし悲しいのだけれど、心から感謝します。
 本田栄一先生、安らかに。

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