No.676 寒々しい世相に、温かい印象が

 川崎市内の市立学校は安倍総理のお願いをすぐには聞き入れず、3月4日から25日まで臨時休校、その後26日から4月5日まで春休みとなった。
 所用で夕方街の中を歩いていると、買い物帰りらしい母と子が家路を急ぐ姿が、これまで以上にたくさん見られるようになった。しかもなんだか足取りが軽く見える。単なる直感──カウンターで数えているわけではないもの──なので本当のところどうか分からないのだけどね。そんな印象を受ける。
 ひょっとしたら子どもが休校になったので、お母さんが仕事を少し早く切り上げて、子どもと一緒に夕食の買い物に出かけているのだろうか、などと想像した。そして、想像に過ぎないのになんだか心が温かくなった。もちろん買い物をして帰るのが、父と子どもであってもなにも問題はない。やはり心が温かくなる。夜道を子どもだけが塾の鞄を背負って急いで歩いているよりよほど幸せな空気に満ちている。
 そうして思ったのだ。本当は夕方まだ暗くなる前に親と子が一緒に夕食の買い物をして帰る、それでも十分暮らして行ける社会じゃなきゃ、ダメなんじゃないか、と。
 新型感染症のことが毎日毎日繰り返して取り上げられ、私たちの暮らす社会が、なんだかウイルスでコテンパンにやられてしまっている印象を受ける。これまで「日本人の美徳」(という価値観もどうかと思うが)とされてきた事柄が、ことごとくウイルスにやられてしまっていないか。
 一体どれ程多くの隠れ感染者がいるか分からないが、でも、こうなったらしかたがない。この事態を冷静に受け止め、むしろ踏み台にして、本来あるべき社会や暮らしについて、ちょっとだけ落ち着いて考え直してみたい。そうしたら案外希望は見えてくるのじゃなかろうか。
 こんな事態だからこそ「有事だ」「非常事態宣言だ」ばかりじゃなくてさぁ。

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