No.689 重苦しい空気

 6月に入って、いろいろなことが元に戻ったように再起動し始めた。とは言え、恐怖が完全に去ったわけではないから、なんだか恐る恐るではあるが。
 3・11の後、川崎でもあちこちで「節電」が叫ばれるようになった。外灯は暗くなり、エスカレーターなども早めに運転が終了した。教会の建っている場所は計画停電もほぼなかったが、幼稚園の教職員が住む地域では頻繁に行われたところもあったようだ。だが、いつの間にか通常に戻った。戻るまでどれくらいかかったかは覚えていないが、意識の上ではあっという間に戻ったような気がしている。
 目に見えない放射線のために、川崎を離れた人もいた。ごく少数ではあった。そして幼稚園の通路から基準を超える放射線が測定され、それが川崎市のホームページに掲載されたりもした。一時確かに大騒ぎではあった。だけど今、少なくとも川崎で生活する上で、放射線量とか無駄な電力の使い方がそんなに気にはならなくなった。
 同じように目には見えない、そして確率からすれば放射線よりも遙かに小さい値でしかないコロナウィルスへの対応が、なんだか3・11より厳重であるのが東北人としては引っかかる。雑駁な知識の感覚から言えば、「それは都市部を襲撃したからではないのか」というのが正直な感想。
 コロナの影響を最も強く受けるのは、人の多すぎる都市部だ。もちろんクラスターは都市部ではないところでも発生した。だがそれは一時的な過密によるものでしかない。そういった例外を除けば、首都圏とか関西圏とか、とにかくやたらと人の多い地域が狙われている。それでも都市部で暮らすことを簡単には止められまい。となれば発生が確率的にどんなに少なくても、近似値ゼロならなければこの恐怖は止められないし、恐怖を抱えたままで擬似通常に戻らざるを得ない。それが今充満している空気。重っ苦しい。

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