新型コロナウィルス、東京は3日連続で40人を上回ったという(26日現在)。だが経済優先に舵を切って以来、以前はあれほど深刻に自粛を呼びかけていた東京都知事がウソのように「数が多いのは検査数が増えたから」「医療体制は充実している」として特段の配慮を言わなくなった。都庁やレインボーブリッジを再び赤く染める気はさらさらなさそう。
だけど、結局わたしたちには本当のところは分からない。細い細いチャンネルで現状を把握しようとするなら「陽性率」だけかな、見えてくるのは。検査を受けた数を母数とし陽性が出た数を子数とすると、現罹患者の全体数は分からなくても大凡どれくらい蔓延しているのかがぼんやり分かるわけだ。
役所というのは「数字」が好きだと思っていた。小さな幼稚園にも幾ばくかの「補助金」というモノが降りてくるが、闇雲に下さるなんてことはなくて、5月1日時点の園児数や教職員数、うち免許保持者の数…等々実に細かく数字を出させられる。まぁそうやって実態を確認した上でなければ税金をまわせないという慎重さは、事務手数に目をつぶりさえすれば理解できる。だがこれがひとたび「国」レベルになると、あっという間に何もかもどんぶり勘定になるのは何故だろう。統計も適当だったと言うし、記録もとらないし、都合の悪い記述は好き放題改変できるらしい。何がどうなっているのか。
現状を正しく把握しないままで立てられる対策などない。もちろん「現状把握」ということひとつとってもバイアスはかかる。数字は単なる数字であって、それを「どう」読むかが重要なのだから、読み手の思惑が入り込む余地は十分にある。でも数字がでたらめだったり適当だったりしたらバイアスどころの話ではない。単に不安だけを拡散することになる。そしてそのウラで何かこそこそやるんだろうなぁ。
と、そんなことだとしか思えないこの国に、未来はあるのだろうか。