No.694 未来はあるか の3(たぶんおしまい)

 先日、市民運動を担っている方々とお話しする機会があった。
 世の中新型感染症の影響でどんなプライベートな会合でさえ開催することが困難な状況に追い込まれている。川崎教会も教会総会を書面表決で行わざるを得なかったが、それは市民運動にとっても同様で、しかも運動体にとってはみんなで集まって話し合ったり行動したりするのが生命線であるが故に、事態はより深刻なのだ。
 その深刻さを象徴したひとつの出来事が先日の東京都知事選挙だった。これまでのいわゆる「選挙運動」なるものがほぼ出来ない中で、だからこそいわゆる「組織票」が結果を決定づけた。圧勝だった。対抗する立候補者の訴える内容は決して悪くはなかったし、こういう状況にもかかわらず多くの聴衆が詰めかけてもいた。だがそういうことが「結果」に影響を与えなかった。
 つまり、本当は届いてほしい人たちに思いが伝わらなかったのではないか。しかも伝えるチャンスを大幅に削がれた中では、そもそも手段を全部もがれてしまったようなもの。市民運動にとって寄って立つ根幹が問われているのではないか。そんなことを語り合ったのだった。
 そういう会話を交わしながら、でもなんだかわたしはその話題に既視感を持っていた。そして気がついた。「訴える内容は決して悪くはない」のに「本当は届いてほしい人たちに思いが伝わらない」のは、なぁんだ、プロテスタントキリスト教会がこの国で150年も味わい続けている現実ではないか、と。
 「コロナの影響」などと声高に叫ばなくても、教会はずっと以前からそういう状態だ(もちろん今回のことで更に加速はしたけど)。高齢化で後継者も育っていないのも今に始まったことではない。だけど、教会は続いてきた。人の力ではないからだ。
 なんだ、希望はずっと足下にあったのだよ。青い鳥みたいなものだね。

7月19日の礼拝

聖霊降臨節第8主日 主題「復活の希望」
第一礼拝 9:00~9:30※
 聖書 出エジプト記16章2-5節
 おはなし マナ?
 担当 黒木恵美子
第二礼拝 10:30~11:45
 聖書
  預言書 ミカ書 7章14-20節
  使徒書 使徒言行録 24章10-21節
  福音書 ヨハネによる福音書 5章19-36節
 賛美歌 賛美歌21から 346番 531番 ほか
 説教者 滝澤貢牧師
 礼拝後の予定 なし

【7月定例役員会・主な審議事項】

(1)(コロナ対策)7月の教会について
 7月も礼拝後の諸集会とコーヒータイムは休止
 聖餐式では奏楽者用を小分けにする
(2)沖縄の日・教団創立・旧6部9部弾圧記念礼拝の評価・反省について
 出来事を覚え続けることに意味がある
(3)平和聖日・平和月間集会について
 8月2日が平和聖日、8月中を平和月間として覚えて礼拝を捧げる
 平和月間集会は8月9日(ナガサキの日)に行う
(4)教会員原簿の整理について
 教団に「川崎教会別帳会員」として登録されている20名は、誰のことなのか特定できない
 また、「不在会員」は教憲教規上の規定がない
 以上を受けて、現在「川崎教会不在会員」として登録されている方を含めた13名(男6女7)を別帳会員として定め、「不在会員」は全て抹消する
(5)滝澤牧師不在の日について
 9月20日および27日は滝澤牧師家族が不在となる予定のため、この日の礼拝について説教者などを準備することとした
(6)その他消息等略

第一礼拝と教会学校活動の再開

2020年6月14日 情報更新

2020年7月7日 情報更新

川崎教会の第一礼拝および教会学校活動は、6月7日から再開しています。

7月からは概ね通常通りの再開となり、毎週日曜日午前9時から約30分の礼拝、その後園庭または保育室で楽しい時間を10時15分頃まで過ごします。

スタッフは10時15分を過ぎると3階の礼拝堂にあがってしまいますが、残って遊びたい方は園庭で時間を過ごすことができます。11時30分頃には礼拝が終了します。残って遊ぶ時間も最長そこまでです。

礼拝後の分級としての「幼稚科」は、8月いっぱいお休みとなります。ただし、礼拝に出席したり、小学生中学生のお子さんと一緒に遊ぶことは出来ます。参加したい方はどうぞいつでもおいで下さって加わって下さい。

7月12日の礼拝

7月12日の礼拝
聖霊降臨節第7主日 主題「生命の回復」
第一礼拝 9:00~9:30※
 聖書 出エジプト記13章21-22節
 おはなし 昼も夜も休まないのは
 担当 武田直美
第二礼拝 10:30~11:45
 聖書
  預言書 ホセア書 14章2-8節
  使徒書 使徒言行録 9章36-43節
  福音書 ヨハネによる福音書 4章43-54節
 賛美歌 賛美歌21から 346番 518番 ほか
 説教者 滝澤貢牧師
 礼拝後の予定 CS教師会
※7月12日第一礼拝は一応の予定です
 予定通りできるかどうかは7月5日の役員会での判断となります

No.693 未来はあるか の2(たぶん続く)

 6月19日に県を跨ぐ往来が解禁され、休業・自粛要請も全て解除となり、人々の動きが活発になった。7月に入ると、街はますます通常に戻っていった。幼稚園もほぼ通常の通園状態、園バスの運行も再開した。
 様々な事柄が元に戻っていくときに、いちばん心配したことは家庭が崩壊していないか、自殺者が増えないか、これまで感染症の陰に隠されていたことが一気に吹き出してくるのではないかということだった。
 幸い、関係する施設でそういう問題は浮上しなかった。ただこれは「今のところ」と言うほかない。皆、過度なストレス状態に置かれていたし、そんなストレス状況は今も続いているのだから。
 そして問題は思わぬ展開を迎える。東京で感染者が増大し始めたのだ。都が発表している「新規患者に関する報告件数の推移」グラフを見ると、今がちょうど第二波の入口のような図形。「第二波に備える」というのであれば対策をとるのは今がタイムリミットと思われる。
 だけど東京都知事は「「夜の街」に出かけないで」としか言わないし、国の大臣に至っては記者会見で逆ギレし「感染症対策を個人でもっとしっかりやれ」と。どちらも第二波に備える対策は「自己責任ね」と言っているのと同じ。「都も国も責任は負いません」と。
 もちろんこんなことは今まで誰も経験したことがなかったのだ。目に見えないモノの恐怖は別にこれまでもあった。だけどそれはつねにどこか他所で起こっていたことだった。「大変だね」とは言ってきたが、大変なのはいつも「他の誰か」だった。だから今目の前で起こっていることを記憶にとどめ、記録を残しておく必要がある。ひとつの出来事はたくさんの違った目で記憶され残される必要がある。
 そしてそれでもわたしたちは生き続けてゆくのだ。未来を思い描きながら。

No.692 未来はあるか の1(たぶん続く)

あれは一体なんだったのだろう…

 新型コロナウィルス、東京は3日連続で40人を上回ったという(26日現在)。だが経済優先に舵を切って以来、以前はあれほど深刻に自粛を呼びかけていた東京都知事がウソのように「数が多いのは検査数が増えたから」「医療体制は充実している」として特段の配慮を言わなくなった。都庁やレインボーブリッジを再び赤く染める気はさらさらなさそう。
 だけど、結局わたしたちには本当のところは分からない。細い細いチャンネルで現状を把握しようとするなら「陽性率」だけかな、見えてくるのは。検査を受けた数を母数とし陽性が出た数を子数とすると、現罹患者の全体数は分からなくても大凡どれくらい蔓延しているのかがぼんやり分かるわけだ。
 役所というのは「数字」が好きだと思っていた。小さな幼稚園にも幾ばくかの「補助金」というモノが降りてくるが、闇雲に下さるなんてことはなくて、5月1日時点の園児数や教職員数、うち免許保持者の数…等々実に細かく数字を出させられる。まぁそうやって実態を確認した上でなければ税金をまわせないという慎重さは、事務手数に目をつぶりさえすれば理解できる。だがこれがひとたび「国」レベルになると、あっという間に何もかもどんぶり勘定になるのは何故だろう。統計も適当だったと言うし、記録もとらないし、都合の悪い記述は好き放題改変できるらしい。何がどうなっているのか。
 現状を正しく把握しないままで立てられる対策などない。もちろん「現状把握」ということひとつとってもバイアスはかかる。数字は単なる数字であって、それを「どう」読むかが重要なのだから、読み手の思惑が入り込む余地は十分にある。でも数字がでたらめだったり適当だったりしたらバイアスどころの話ではない。単に不安だけを拡散することになる。そしてそのウラで何かこそこそやるんだろうなぁ。
 と、そんなことだとしか思えないこの国に、未来はあるのだろうか。